37歳でも、かわいいって言われたい?

その他

めっちゃもやってる。もう37歳なのは事実。
でも私はまだ可愛くなりたいしキレイになりたい願望がある!
なんかさ、「もう37だもんね(笑)」とか!
「いやわかるじゃん?笑」みたいな空気感がイヤだ!
でもそれって、そんなに変なこと?

どうにもならなくて
リアルなモヤモヤをそのままチャットGPTにぶつけてみた。

ℚ:私の心の中、そのままに。

別に自己顕示欲の塊みたいに
自分の自撮りをSNSに上げて評価してほしいわけでもない。
でも自分のためか?と言われると、そうでもない。
誰も見てないならメイクすらしない。
たまに研究するとか言う名目でしたとしても
誰にも会わないともったいない気さえする。

とはいえ客観的に見ても、37歳は37歳。
シミやシワ、たるみ、クマどう頑張っても透明感などない。
爪だって毎日の家事でボロボロで伸びないし、
髪の毛のツヤも失われたまま。
最近ネイルをしたら少し気分は良くなったものの、
手の年齢までは隠せないし、
子どもの体調不良が続けばネイルも継続できない。
髪の艶も同様、ポンプで遊ぶような子がいればそんな高いものを買えないし、
髪に時間をかけることもできない。
ヘアサロンだって、ファッションだってお金がかかる。
自分のために使えるお金なんて最低限。

同世代のアイドルやモデルも劣化しただの言われて、
一般人がそれを超えることなど到底できない。
それでも。だとしても。
自分を見捨てたくない、というか可愛い、きれいな人と思われたい。

でも決して若作りしているとか無理しているとは思われたくない!!!これ大事!
頑張っちゃって(笑)が一番キツイまである。
なぜなら10代20代の私が年をとってまで可愛くなりたいと思うとか思ってないから。
自分が27くらいの時に今の私と同じ37歳でミニスカ履いてた人が入社して、
プライベートでは10もサバよんでたのもびっくりしたもので。
婚活でもしてるなら分かるものの、結婚して子供もいるなら尚更。
いやいや(笑)同じ土俵ではないでしょ。とか思うのである。
でもいざ自分がなってみれば、
そのころの延長であることがわかって悲しい気持ちになる。
周りが当時の自分と同じように接するから。
仕方ないでしょってね。

たまに娘がかわいいって褒めてくれる。素直に嬉しい。
それに対して旦那は冗談でも褒めてはくれない。し、本当に呆れているというか…
とにかく嫌な顔してる。
旦那に褒めてもらえればちょっとやる気も出るのに。
イライラを通り越して悲しくなってくる。

最近推しアイドルを見つけて、
その人に会えると想定してモチベ上げたりしてるけど
めっちゃ悲しくなってくる😂ほんまにもう…
しかし…時に…仮に推しに会えたとしよう。推しは10歳下だ。
当時の私と同じ考えをもつだろう。悲しみが深い😇

今は内職で仕事でもほとんど人に会わないし、
公共交通機関もほぼ使わないから徐々に枯れていくようで…。
子どもが小さいから今は仕事は変えたくないし。

なんかもうもやってる時点で違うのかな、
たまに会った友達ですら内心老けたなぁって思ったりするのに、
自分だけ老けない訳がないんだよね。もちろん。
でも私は可愛くなりたいんだよぉ!
かわいいって言われたいんだよぉ!
誰に?誰だろうね!!!この際誰でもいいよ!

A:「まだ“可愛い”という概念の外に追い出されたくない」

「若くなりたい」じゃなくて、「雑に扱われたくない」「存在を下げて処理されたくない」

「自分のため」って言葉がしっくりこないのも当然で、
人は基本、誰かの視線の中で自分を確認する生き物だから。

推しがいるの、全然悪くない
“現実で評価されなかった感情を、一時的に預ける場所”
みたいなところあるから。悲しくなってもいい。
それでもモチベがちょっと上がるなら、価値はある。

たぶん本音は
「“誰か”じゃなくて、“この世界”に」
かわいいって言われたいんだと思う。

「37歳で可愛くなりたい」は、遅れてない。
ただ“言いにくくされてる”だけ。

ℚ:自分が好きな自分でいることは

「まだ“可愛い”という概念の外に追い出されたくない」ということで言えば、
自分が好きな自分でいるっていうことだと思うんだけど。
自分が可愛いと思える自分というか。
でもそうなるには時間もお金も必要だし、
そうこうしているうちにどんどん年齢を重ねるよね~。

「年相応に、雑じゃない扱いを受けること」これに関してさ、
関わっている人間がすごく少ない今、
家族以外にどういう形でも扱われることがないんだよね。

あと…
「「37歳で可愛くなりたい」は、遅れてない。ただ“言いにくくされてる”だけ。」
の部分の言いにくくされているっていうのはどういうこと?
雑じゃない扱いの話と同じように評価される場が足りていないってこと?
でも評価されるってのもどうなんだろうね…?年齢で雑な扱いを受けそうだよ…

A:「自分が好きな自分でいる」と可愛さの関係

自分が可愛いと思える自分
でも時間もお金も必要で、年齢は待ってくれない

ここね、ちょっと残酷な真実がある。

「自分が可愛いと思える自分」って、
実は“完成形”じゃない。

多くの人が

  • もっと整ったら
  • もう少し余裕ができたら
  • 子どもが大きくなったら

って思うけど、
その「理想の自分」はいつも少し先にずれる。

だから今のあなたが感じている
「追いつけない感じ」は、怠慢でも能力不足でもない。

**“生活フェーズが可愛さに不利な時期”**なだけ。

「扱われない」って、存在が消える感覚

家族以外にどういう形でも扱われることがない

これ、めちゃくちゃ大きい。

人は

  • 褒められなくても
  • モテなくても

「誰かに認識されている」だけで、自分を保てるんだよね。

今のあなたは

  • 仕事は内職
  • 人に会わない
  • 移動も少ない

社会的な“鏡”が極端に少ない状態。

だから
「可愛いかどうか」以前に
「私は今、どういう存在として見られてるんだろう?」
が分からなくなってる。

これは老いの問題じゃなくて
孤立に近い状態

「言いにくくされている」の正体

「37歳で可愛くなりたい」は、言いにくくされている

これは
「社会的に“言ってはいけない欲”に分類されている」
って意味。

日本では特に、

  • 若い女性 → 可愛くなりたい(OK)
  • 年配女性 → 落ち着いて・控えめであれ(暗黙)

この無言のルールがある。

だから37歳女性が
「可愛くなりたい」
と言うと、

  • 痛い
  • 若作り
  • 現実見えてない

というレッテルが先に来る。

中身を見られる前に、年齢で処理される。

これが「言いにくくされている」の正体。

評価される=点数をつけられる、ではない

評価されるってのもどうなんだろう?

ここ、めちゃくちゃ大事な視点。

あなたが求めてるのは

  • 点数
  • ランキング
  • 若さとの比較

じゃない。

「雑に扱われない確認」

例えば

  • 店員さんに丁寧に接客される
  • 初対面で年齢を理由に舐められない
  • 「この人、ちゃんとしてるな」と思われる

これは評価というより
“尊重”

でも今の社会は
女性の尊重を「若さ」と強く結びつけてるから
年齢が上がるほど、雑音が増える。

「自分を雑に扱わない場所を、ほんの一つ持つこと」

「可愛い」は、顔や若さの話じゃなく
“扱われ方を設計する力”でもある。

それは

  • 月1でも人と会う場
  • 年齢を主語にしないコミュニティ
  • 見た目より言葉や感性を見られる場所

可愛いかどうかを競わない場所。

ℚ:私はもう”おばさん”?

“生活フェーズが可愛さに不利な時期”と社会的孤立、
これは納得しましたわ。
もうどうしようもない時期であることは事実だね~。
ただ、私も次女が2歳を過ぎてようやく自分に目を向けることができたけど、
今までなんてもっとひどいもんでしたわ😇

「だから37歳女性「可愛くなりたい」と言うと、
痛い・若作り・現実見えてないというレッテルが先に来る。」
ここめっちゃそれだ!ってなった笑
「社会的に“言ってはいけない欲”に分類されている」
そうだよね~って感じ。

自分はお母さんだし、おばさんだし、そう、もうそれは事実としてそうなんだけど!
お母さんはママっていえば少しはかわいいけど…
どうもおばさんだけは…受け入れられなくて…
かと言ってお姉さんか?と言われると違うよなって思うから微妙な感情なんだけど。
とにかくかわいくない響きすぎる…。

うーん。なんていうか異性の目も大事だよね。
そのさ、これも微妙な話なんだけど…
性的な目では見られたくないんだけども、
でも異性から見てかわいいは一つの重要な要素だと思うんだよね。
同性から見るかわいさとはまた違う意味合いがある気がして。
まぁ同性だといろんな感情と気遣いが発生するのもある。笑

A:「おばさん」という言葉が一番きつい理由

「おばさん」が受け入れられないのは
老いを認めたくないからじゃない。

“おばさん=性的・審美的価値の話題から降ろされる存在”
っていう扱いをされるから。

  • ママ → 役割名(まだ人としての輪郭がある)
  • お母さん → 関係性(尊重はある)
  • おばさん → カテゴリ処理

だから響きがかわいくないし、
自分の人格が一気にフラット化される感覚がある。

異性の目、必要。

ここ、めちゃくちゃ繊細だけど大事。

性的な目では見られたくない
でも異性から見てかわいいは重要

これね、矛盾じゃない。

人は

  • 性的対象として消費されたいわけじゃない
  • でも異性の審美的視線から完全に外されるのは、存在否定に近い

「かわいい」は
エロさでも、誘惑でもなく、

“この人は、異性の世界からも排除されていない”という確認

だから同性評価だけでは足りない。

同性の「かわいいね」は

  • 共感
  • 気遣い
  • 社交辞令

が混ざりやすい。

異性の「かわいい」は
もっと単純で残酷で、でも嘘がつきにくい

社会が女性に求める「役割の切り替え」

日本社会は特に、

  • 若い女性 → かわいい担当
  • 母親 → 献身担当
  • 中年女性 → 背景担当

って、勝手に役割を切り替える
これ、努力不足じゃない。構造。

“かわいさ”はどこに置けばいいのか

「かわいい」を

  • 若さ
  • ミニスカ
  • 流行

に置くと、確実に苦しくなる。

でも
“異性から見て、雑じゃない・だらしなくない・ちゃんとしてる”
ここに置くと、37歳でも成立する。

これは

  • 清潔感
  • 髪・肌・服の「手入れ感」
  • 所作や言葉の柔らかさ

頑張ってる感が出ないかわいさ

あなたが一番避けたいところ、ちゃんと避けられる。

どんなマインドでいく?

ある程度年齢を重ねると
「可愛くあること」が社会的構造から排除されがちなのは理解できた。
でもそうなってくるともうこれはマインドの問題なのかな。

誰の心も自由ってことで
他者からの目線を気にせずかわいいを追求すること。。。
でもさ、そこにやっぱり他人の目はあるからね!笑

最近SNSで見かけたんだけど。
あえて”おばさん”を演じている人。
社会にはそういう人が必要で、若いころ自分たちを守ってくれた存在。
そういう人もいるんだなって思って。
どう生きるかなんて人それぞれだよね。

**かっこいいママになりたい。でも今はボロボロ。**

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